西井哲夫

日本のプロ野球選手 (1951-)

西井 哲夫(にしい てつお、1951年7月7日 - )は、宮崎県延岡市出身の元プロ野球選手である。ポジションは投手。右投右打。

西井 哲夫
基本情報
国籍日本の旗 日本
出身地宮崎県延岡市
生年月日 (1951-07-07) 1951年7月7日(72歳)
身長
体重
182 cm
71 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
プロ入り1969年 ドラフト2位
初出場1970年4月22日
最終出場1987年7月21日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

来歴・人物

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宮崎商業高校ではエースとして活躍。1968年秋季九州大会に進出し4試合連続完封。決勝では岩崎清隆今久留主邦明のバッテリーを擁する博多工を降し、翌1969年春の選抜への出場を決める。大会では1回戦で銚子商に完封負け[1]。同年夏は県予選決勝で延岡商柳田豊に投げ勝ち、南九州大会に進む。ここでも首里高を降し、夏の選手権に出場を果たす。しかし同じく1回戦で明星高に0-1で惜敗[2]

同年秋のプロ野球ドラフト会議アトムズに2位指名され入団。

1970年は新人ながら一軍に上がり、8月29日には大洋の高卒新人間柴富裕と投げ合い、初先発初完封勝利を記録する。

1972年には9勝を記録。

1974年には11勝をあげ、松岡弘浅野啓司に次ぐ先発投手として、チームのAクラス入りに貢献した。

1976年には調子を崩し低迷、9月に先発の座を降りる。

1977年は抑えとして起用。

1978年には中継ぎとしてリーグ優勝に貢献。同年の阪急ブレーブスとの日本シリーズでも3試合にリリーフとして登板、第4戦では勝利投手となり日本一に力を添えた。その後も抑えや中継ぎを中心に長く活躍する。

1982年オフに、倉持明投手との交換トレードでロッテオリオンズに移籍。

1984年には6勝8セーブをあげた。

1986年10月に戦力外通告を受ける。

1987年中日ドラゴンズにテストで入団[3]。しかしここでは1勝もできず、同年オフに現役を引退した。

いわゆる剛速球投手ではないが、右の本格派で制球力に優れ、速球、カーブ、シュート、スライダー等をバランス良く投げ分けて打者を抑えた。

引退後は会社員となり、定年退職後は地元で野球教室を開き[4]、母校のOB会長も務めた。また野球技術についての書籍に監修者として名を連ねている。

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
1970ヤクルト20711113----.25025964.25761402270023202.771.10
1971261262157----.417432107.18273662531138312.611.10
1972322151095----.643560131.1117145435611061533.641.30
1973301210023----.40039193.28293315521038333.161.23
197435253001161--.647626153.0131165321720063543.181.20
197543211009150--.375734178.1152175737901177673.391.17
19763211000070--.00034679.289142314470048434.841.41
1977303000322--.60023958.04752421382024243.721.22
1978308000101--1.00029266.178122132380049456.141.49
1979430000320--.60029570.074142052390033283.601.34
1980296210510--.83331879.06582542571128242.731.14
1981473000554--.50039694.099112335511142413.931.30
1982220000031--.00013127.03911111211019175.671.85
1983ロッテ341000340--.42923550.15682933391037346.081.69
1984370000638--.66717743.24061343200018173.501.21
1985250000003------18339.24871710220031265.901.64
1986160000000------7520.11613011100662.660.93
1987中日110000000------5613.2143500611553.291.39
通算:18年5421301952636620--.48857451370.0128615946142467441156405683.731.28
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録

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背番号 

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  • 11 (1970年 - 1978年)
  • 42 (1979年、1987年)
  • 16 (1980年 - 1982年)
  • 21 (1983年 - 1986年)

関連情報

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出版物

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出版元は、いずれも舵社

  • 野球技術 投手・捕手・内野手・外野手 目で見てマスターしよう野球技術 ポジション別技術指導と練習方法(2006年5月) ISBN 978-4-8072-6526-8
  • 野球技術 目で見てマスターしよう野球技術 打撃編(2006年7月) ISBN 978-4-8072-6528-2
  • 野球技術 目で見てマスターしよう野球技術 フォーメーション編(2007年2月) ISBN 978-4-8072-6529-9
  • 野球技術 目で見てマスターしよう野球技術 投手編(2007年6月) ISBN 978-4-8072-6530-5
  • 野球用語辞典 イラストと写真でよく分かる 野球用語を正しく理解しよう(2008年2月) ISBN 978-4-8072-6531-2
  • 野球技術 目で見てマスターしよう野球技術 練習方法&コーチング守備編(2008年4月) ISBN 978-4-8072-6532-9
  • 野球技術 目で見てマスターしよう野球技術 練習方法&コーチング攻撃と走塁(2008年7月) ISBN 978-4-8072-6533-6
  • 黄金期の野球 少年野球 守備編 一生のうちでいちばん野球が上手くなる(2009年3月) ISBN 978-4-8072-6534-3
  • 黄金期の野球 少年野球 打撃&走塁編 一生のうちでいちばん野球が上手くなる(2009年6月) ISBN 978-4-8072-6535-0
  • 野球技術 目で見てマスターしよう 実戦攻撃編(2009年10月) ISBN 978-4-8072-6536-7

脚注

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  1. ^ 「選抜高等学校野球大会60年史」毎日新聞社編 1989年
  2. ^ 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年
  3. ^ 当時のドラゴンズは、落合博満を獲得すべく牛島和彦平沼定晴桑田茂と3人もの投手をオリオンズに放出したことで投手不足にあえいでおり、他球団を自由契約となった選手を相次いで入団させていた。西井の他にも、南海ホークスから森口益光阪急ブレーブスから小嶋正宣をそれぞれ入団させている。また、西武ライオンズからはトレードで村井一男川本智徳と2人の投手を獲得している。
  4. ^ [https://mainichi.jp/articles/20210129/k00/00m/050/378000c「甲子園を楽しめ」52年前の宮崎商エース・西井哲夫さん 第93回選抜高校野球 特集 第94回センバツ高校野球 毎日新聞]

関連項目

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