長岡三重子

日本のマスターズ水泳選手

長岡 三重子(ながおか みえこ、1914年大正3年〉7月31日[1] - 2021年令和3年〉1月19日[3])は、日本の女子水泳選手実業家能楽師

長岡 三重子
選手情報
フルネーム長岡 三重子
国籍日本の旗 日本
泳法背泳ぎ自由形平泳ぎ
所属KSG柳井スイミングスクール
生年月日1914年7月31日[1]
生誕地日本の旗 日本山口県徳山市(現・周南市[2]
没年月日 (2021-01-19) 2021年1月19日(106歳没)[3]
死没地日本の旗 日本・山口県熊毛郡田布施町[3]
獲得メダル
水泳女子
日本の旗 日本
世界マスターズ水泳選手権
2006年 サンフランシスコ
2004年 リッチョーネ
2002年 クライストチャーチ
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来歴

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1914年7月31日、山口県徳山市(現在の周南市)で、商家の7人兄弟の次女として生まれる[1][2][4]。勉強熱心な家庭で山口県立徳山高等女学校(現在の山口県立徳山高等学校)に進学[2][4][5]。同校を卒業したのち、1938年昭和13年)、23歳の時に長岡守治と結婚し、藁工品の卸問屋「田布施長岡本店」に嫁ぐ[2]。その後、守治との間に2人の子(二男)を授かり、専業主婦として一家を支え続けた[2]

1968年(昭和43年)、夫・守治が56歳で死去[4]。53歳で家業を継ぐこととなったが、当時藁工品から化学製品への移行期で藁工品は斜陽になりつつあった[2]。そんな折、鉄鋼高炉の保温材として需要が高まりつつあった「籾殻」に目をつけ、籾殻の卸売りを始めたところ成功し、年商は1億円にものぼった[2][4]

経営状況が安定し、経済的に余裕が出来た頃、地元の呉服店から能楽を始めるよう勧められ、55歳で観世流の下川正謡会に弟子入りし[4]、重要無形文化財保有者である下川宣長から指南を受ける[2]。長岡の熱心さは下川の弟子の中でも指折りだったが、下川の熱血指導は扇子が飛んでくる程の迫力で、師匠の言われたことが出来ない悔しさから、東京に住む長男に「もうやれん!」と嘆くこともあった[4]

その後、地道に仕舞舞囃子を習熟し、67歳の時に初めて能面をつけて「羽衣」を舞った[2][4]。その後も年に1回、能の舞台に立ち続け、国立能楽堂大江能楽堂などで演じた[2][4]

80歳の時、に水が溜まって能の稽古が出来なくなってしまい、マスターズ水泳の競技者である長男・宏行からの勧めで水泳を始める[2]。始めた当初は能楽同様素人で、25メートル泳げるまで1年を要した[2]。息継ぎが苦手だったため、泳法は我流の背泳ぎだった[2]。始めてから2年ほどで稽古に支障が出ないくらいに膝の不調が回復したが、長男のアドバイスもあって水泳を続け[2]、84歳の時に日本マスターズ水泳大会に出場[2]。翌年85歳の時に出場した大会では5本の日本新記録を樹立した[4]

87歳の時、舞囃子の全国大会出場のために「」の稽古をしていた際に「笛の音が聞こえづらい」と、当時長岡を教えていた大江観正社の七代目大江又三郎に訴えたところ、大江は「水泳で耳を痛めたかもしれません。水泳をやめないと笛が聞こえなくなりますよ」と助言した[4]。すると長岡は「先生、水泳は絶対にやめません。水泳をやめるんだったら舞囃子をやめます」と断言し[4]2001年平成13年)に「鷺みだれ」の奥伝を演じたのを最後に能を引退した[2]

その後、数々の世界マスターズ水泳選手権に出場し、88歳で初めて出場したニュージーランド大会で銅メダル、90歳で出場したイタリア大会で3つの銀メダルを獲得[2][4]。91歳からは柳井スイミングスクールに通い[2]、澤田真太郎コーチに金メダルを取れるまで個人レッスンで教えてもらうよう懇願し、初めは体力を心配し、躊躇していた澤田だったが、長岡の熱意に押されて引き受けた[4]

翌年92歳で出場したサンフランシスコ大会で念願の金メダルを獲得[2]。これまで背泳ぎの種目のみ出場していたが、95歳から参加した95〜99歳区分では日本マスターズ水泳協会から背泳ぎでの自由形出場を勧められ[2]、更に苦手だった平泳ぎにも挑戦したことで[6]合計18本の世界記録を樹立[4]。100歳以降も18種目で世界記録を樹立した[7]。また、100歳で出場した日本マスターズ水泳大会では短水路(25メートル)1500メートル自由形を100歳〜104歳の部で世界初の完泳を果たす[2]。同年、日本スポーツグランプリを受賞し、その表彰式で天皇と会話した[4]。その際、耳が遠かったため天皇の声が聞き取れず、天皇自らが長岡に近寄り話しかける一幕があった[4]

2019年国際水泳連盟公認の国内大会の最高齢出場記録を更新[3]。同年秋に「日本マスターズ水泳選手権大会」に出場し、新設された女子50メートル背泳ぎ(105歳〜109歳の部)に挑んだが、途中で棄権[8]。また、同大会をもって競技から引退した[8]

引退後も週に4回から6回は柳井スイミングスクールに通い、水中歩行を継続していたが、2021年1月15日を最後に体調を崩し[9]、同月19日、山口県熊毛郡田布施町の病院で急性呼吸不全のため死去[3]。106歳没。

保持記録

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世界記録

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泳法距離水路年齢区分記録樹立年
自由形50m長水路100歳〜104歳1分41秒882014年
自由形100m長水路100歳〜104歳3分45秒852014年
自由形200m長水路100歳〜104歳7分48秒762014年
自由形400m長水路100歳〜104歳16分36秒802014年
自由形800m長水路100歳〜104歳38分04秒302014年
自由形1500m長水路100歳〜104歳74分08秒732014年
背泳ぎ50m長水路100歳〜104歳1分33秒892014年
背泳ぎ100m長水路100歳〜104歳3分39秒812014年
背泳ぎ200m長水路100歳〜104歳8分05秒642014年
自由形50m短水路100歳〜104歳1分34秒122014年
自由形100m短水路100歳〜104歳3分30秒492014年
自由形200m短水路100歳〜104歳7分27秒892014年
自由形400m短水路100歳〜104歳16分40秒102014年
自由形800m短水路100歳〜104歳36分51秒232014年
自由形1500m短水路100歳〜104歳75分54秒392015年
背泳ぎ50m短水路100歳〜104歳1分38秒712014年
背泳ぎ100m短水路100歳〜104歳3分42秒812014年
背泳ぎ200m短水路100歳〜104歳7分40秒012014年

2020年10月31日時点[10][11]国際水泳連盟では短水路25mは記録対象外。

日本記録

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泳法距離水路年齢区分記録樹立年
自由形400m長水路95歳〜99歳13分52秒132011年
自由形800m長水路95歳〜99歳29分29秒022010年
自由形1500m長水路95歳〜99歳54分09秒812011年
背泳ぎ200m長水路95歳〜99歳6分29秒992010年
自由形25m短水路100歳〜104歳42秒692014年
自由形100m短水路95歳〜99歳2分59秒012010年
自由形200m短水路95歳〜99歳6分17秒472009年
自由形400m短水路95歳〜99歳13分05秒102010年
自由形800m短水路95歳〜99歳27分58秒702010年
自由形1500m短水路95歳〜99歳55分14秒662011年
背泳ぎ25m短水路100歳〜104歳46秒202014年
背泳ぎ50m短水路95歳〜99歳1分20秒282010年
背泳ぎ100m短水路95歳〜99歳2分55秒442009年
背泳ぎ200m短水路95歳〜99歳6分24秒502009年
平泳ぎ25m短水路95歳〜99歳55秒922012年
平泳ぎ25m短水路100歳〜104歳1分13秒612014年

2021年1月1日時点[12][13]。世界記録と重複しているものを除く。

著書

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  • 私は、100歳世界最高の現役スイマー(2014年、光文社)、ISBN 978-4-3349-7792-4
  • 歩み続けるひとびと[気と骨]スペシャル・長岡三重子さん(2016年、倫理研究所

脚注

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出典

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  1. ^ a b c ピュアネット vol.56 p.1「人財彩時記」 公益財団法人山口きらめき財団 (PDF)
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u いつも元気、いまも現役(世界最高齢スイマー 長岡三重子さん)”. 長寿科学振興財団 (2020年11月27日). 2021年1月29日閲覧。
  3. ^ a b c d e “長岡三重子さんが死去 水泳の女性最高齢記録保持者”. 産経ニュース (産業経済新聞社). (2021年1月24日). https://www.sankei.com/article/20210124-EDLH6CRZ3NI7HCYLHRZO6H3MM4/ 2021年1月29日閲覧。 
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p “世界記録を18個!104歳の現役スイマーの「なんでも1番をとらにゃ」精神”. 週刊女性PRIME (主婦と生活社). (2018年12月1日). https://www.jprime.jp/articles/print/13945 2021年1月29日閲覧。 
  5. ^ “【追悼:長岡三重子】100歳のスイマーが明かした、老いてなお輝く秘訣”. 致知 (致知出版社). (2021年1月26日). https://www.chichi.co.jp/web/20210126_nagaoka_mieko/ 2021年1月29日閲覧。 
  6. ^ “100歳スイマー、尽きぬ向上心 山口県田布施の長岡さん、世界初1500メートル完泳”. 中国新聞デジタル (中国新聞社). (2015年5月1日). https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/93498 2021年1月30日閲覧。 
  7. ^ “国内最高齢スイマー 山口県の長岡三重子さん死去、106歳”. 中国新聞デジタル (中国新聞社). (2021年1月24日). https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/93507 2021年1月29日閲覧。 
  8. ^ a b “19個の世界記録は…105歳スイマーが引退レース”. 朝日新聞デジタル (朝日新聞社). (2019年9月23日). https://www.asahi.com/articles/ASM9R5636M9RTZNB00K.html 2021年1月29日閲覧。 
  9. ^ 訃報のお知らせ”. KSG柳井スイミングスクール (2021年1月22日). 2021年1月30日閲覧。
  10. ^ FINA WORLD MASTERS RECORDS - LONG COURSE METERS AS OF OCT 31, 2020 国際水泳連盟 (PDF)
  11. ^ FINA WORLD MASTERS RECORDS - SHORT COURSE METERS AS OF OCT 31, 2020 国際水泳連盟 (PDF)
  12. ^ マスターズ水泳 日本記録<長水路> 2021年1月1日現在 一般社団法人 日本マスターズ水泳協会 (PDF)
  13. ^ マスターズ水泳 日本記録<短水路> 2021年1月1日現在 一般社団法人 日本マスターズ水泳協会 (PDF)